「指切りげんまん 嘘ついたら
針千本飲~ます。指切った」
そうして子どもと約束しても
大人は自分都合で平気で破り
約束したことさえ忘れてしまう
子どもは待つしかない身だから
まだかまだかと小さな自分の心の窓から
期待をして目を輝かせて待っている
いつまでたっても
守ってくれるまで
幾晩 幾月待っている
時が何度移り変わっても
破るはずはないと信じて待っている
けれど期待はいつしか泡のように消えゆき
戸張が降りて
輝く目は暗闇を映す
水晶の瞳は心の直視を避けはじめ
心の期待という楽しみを
物質で満たすようになる
物は買えば自分に与えられ
満たされたと思う
果たされなかった約束の淋しさを
何かで埋めようと私たちは
物を代え
人を代え
自分のなかの条件を変えて
試みる
けれど心の淋しさは心でしか埋められないからもがき苦しむ
私たちの心の回路は
淋しさが埋まらなければ
それを怒りに変える。
怒りに変えていられるので
生きていける。
けれど
怒りは炎のように全てを焼き尽くすまで
永遠に続き
身も心もぼろぼろになってしまう
だけれどただ1つ
たった1つ
私たちを救うものがある
「愛」という目に見えないものだけれど
最も大切なもの
あなたの周りに怒りで震えている人がいるなら
その人の淋しさを思ってあげて。
人は
一人一人はみんないい人。
いじけたり すねたり
駄々をこねたり
すぐ怒ったりするのは
淋しい過去のその人のもう一人の部分。
円満な平和な家庭で育った人は
愛されて 理解されて
尊重されて育つことが多いので
バランスが取れていることが多いけれど
それでもその子の性質が
人よりもっと愛情を欲しがる魂であったなら
悲しみの起こることも多い。
これにおいて
親ばかりが悪いわけではないから
子の非行に悲観し過ぎず
愛情はそのまま出し惜しみせず
行かれればいい。
複雑な家庭で育っても
親の愛情を子が感じていたなら
バランスが取れているので
一時期反抗があったとしても
心の成長は必ず果たして
自立した大人になっていく
愛というのは
全てを育てる
母の胎内と同じ
神のふところと同じ
その抱き締める腕を与えられているのだから
私たちは愛していかなくてはいけないの。
それが人の努めだから。