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親の立場、子の思い。子どもの立場、親の思い。

親も勉強というけれど

親も子を育てながら成長するというけれど

いつでも

子どもが犠牲になったり

犠牲的になっても

当たり前のように振る舞う親が

私はどうしても悲しくなる。

自分本意な考え方や振る舞いは

結局最終的には自分一人しか残らないのに。
目の前の損得。

自分が子どもだったころ

親にされてきたことを

繰り返す親にだけはなってほしくないと

私は思うよ。

それぞれの言い分あるけれど

親子の絆

これ一つを胸に抱いて

私は親になった人に伝えたい。

あなたがもう少し年を取って

自分の子も大きくなって大人になったとき

もしかしたら

今の自分の親の気持ちが少し分かるときがくる

その形は認めるとか言うのでないけれど

大人になるって「仕方のないこともある」ということを経験することだから

その時の親の気持ちもわからなくはないと
思うときがくるという意味だよ。

昔、誰かが言ってた。

腐っても親だからと。

言葉は悪いけれど

そうした思いを持ちながら
親子の縁を切ったつもりでも

自分が弱れば親のことも心配になる

反する思いであっても

産んでくれ育ててくれた恩が親にはあるから

せめてどんな親でも

子が親を憎まないようにだけして欲しいと私は思う。

結局、嫌な思いや苦労をかけられた親を憎み

憎んだ者が足元に憎しみの花を咲かせ

それを摘み取るのは

憎しみを与えた者ではなく

憎しみを抱いた者が摘むから。

人を苦しめて天罰は下らないの?

神様は罰を与えないの?と思いたくなる人も
沢山いるとおもう。

私も子どもの頃はそう思った。

けれど神様は罰は与えない。

自分のしてきたことの罪(自分の損得だけを考えて後ろで舌を出し人を陥れたりする人を神は唯一悪い奴という)

を自分が刈り取るので。
だから憎しみを抱いても
自分の手で返してやろうと思わないことだよ。

それは結局自分に返ってくるから

人を恨まず憎まず

あとの結果は神様に任せて

自分が憎しみの花を摘み取ることになるようにだけはならない様に。

ほら罰が当たったとかいう心も
ざまあみろ!の心だから良くないんだよ。

自分のしてきたことは自分が返す様になっているから

私たちみんなの宇宙の法則だから
憎むということも実際には自分は手を下していないと思うだろうけれど

思いのエネルギーは

時空で剣になり相手を刺すんだよ。

だからできるなら

そうした思いも流して

神様に任せて

自分は自分達の守らなきゃいけない家族と
楽しい時間を持ち
相手をこらしめてやろうとか思わないでね。

あなたの苦労が二倍になるの。
ひどいことをされた相手を恨みたくなるだろうけれど

自分の大切な家族のためにも

あなたが明るく元気でないとダメだから
自分の恨みたくなる心は無視して
憎しみの花を摘んで苦労をしないように

気持ちを切り替えて暮らしてね。
今あなたが

大切にしなきゃいけない家族を心に思い

絆一つを心に抱き進んで欲しいと

私は思う。

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